○初めてお越しの方へ。
「ブログ開設のごあいさつ」や「ブログ掲載の線路配置図のごあんない」を先にお読みいただくと、「だまされた!」と思うことを避けられるかもしれません。
○こちらに書かれている事情でトップの記事の中に記事内容と無関係に広告が表示されています。
指令員のつぶやき…
・当方の通信環境が極端にナローなため、画像(特に元のサイズのまま)を多用されたサイトは「×」だらけになってまともに表示できず見ることができていません。欠礼中の方々はなにとぞご容赦を・・・
・何が原因かわかりませんが、ブログにアップロードした画像のパスが変わっているところがあるようです。どうしたものか…
・島秀雄の言葉
「出来ない」と言うより、「出来る」と言う方がやさしい。
何故なら「出来ない」と言うためには、何千何百とある方法論の全てを「出来ない」と証明しなければならない。
しかし、「出来る」と言うためには、数々ある方法の中からたった一つだけ「出来る」と証明すればいいからである。
利用者の利便性向上を「できない」と決め付けたがる向きに噛みしめてもらいたい・・・
新大阪1
「JR西日本 新大阪駅」(平成19〜20年ごろ)
(駅の大阪寄りの写真はこちら。
駅の京都寄りの写真はこちら。)
上下の内側線・外側線にそれぞれ島式プラットフォームを1面ずつ割り当てられていて、梅田貨物線も含めて国鉄時代は全く渡り線が無かったようです。完全に新幹線との接続しか考えていなかったのでしょうが、実質的に大阪駅と併せて分散ターミナルを構成するようになったことを考えると、もう少し在来線同士の乗換えを考慮してプラットフォームの配置に工夫をしておけなかったものかと思います。
京都寄りにある内外線間の渡り線は、新快速の外側線走行開始に際して近距離用のプラットフォームに発着させるために設置されたそうです。日中の新快速は大阪でも近距離用のプラットフォームに発着していて、大阪〜新大阪で内側線を走行しているため、大阪寄りには今のところ内外線間の渡り線はありませんが、今の大阪駅の改築に合わせて新設される予定だそうです。
梅田貨物線に関連しては、シルクロード博で奈良への直通運転や「くろしお」乗り入れで渡り線を設置しただけで、「はるか」運転開始後もずっと11番乗り場だけで賄ってきていますが、さすがにおおさか東線が梅田貨物線に接続されれば処理しきれなくなるでしょう。別に写真を挙げていますが、梅田貨物線上にはプラットフォームを設置する余地がありません。当初、外環状線用のプラットフォームを予定していた用地が駅の東側(図の下側)に確保されているそうなので、そこを利用してプラットフォームを新設することになるのでしょう。その場合、島式プラットフォーム1面を新設して単純にずらすのでは芸がありません。できれば両側プラットフォームを適切に活用して可能な限り乗り換えに配慮してもらいたいものです。
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京都寄りの上下の内側線間に砂利が盛り上がっているところがあります。かつては上り内側線の待避線にだけ安全側線が設けられていました。結局撤去されてしまいましたが、そもそもなぜこの1箇所だけ設けていたのか不思議です。
駅からは離れますが、大阪寄りに宮原操車場への東回り回送線の分岐部があります。上下とも内外線の間から分岐していますが、北方貨物線/宮原操への本線からの4箇所の分岐部(残りは塚本の2箇所と茨木)のうちで上下ともこの形態なのは、ここだけになっています(あとは北方貨物線下りの尼崎寄りのみ)。内外線の競合を避けるのにはこの方法しかありませんので、競合が問題になるなら他の場所でも採用していておかしくありません。
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新大阪駅で最大の謎(と問題)は東淀川駅との駅間距離の短さです。
東淀川駅の開業が昭和15年。弾丸列車計画の大阪でのターミナルとする予定で在来線の駅だけを先行して開業したそうです。元の計画では山陽方面への路線は東淀川駅からまっすぐ西へ向かうことになっていたようですが、今の新幹線を素直に延ばせば東淀川駅の500mぐらい北の方を通りそうに見えます。戦時体制で輸送量が急増したことに対応するために、あわてすぎてよく考えずに位置を決めたのでしょうか。
結局、山陽方面への延長の際に用地を節約するために、北方貨物線に沿う経路に変更されたため現在の位置に新大阪駅が設置されたとのことです。しかし新幹線を北方貨物線に沿わせることは、東淀川駅の上を通る経路でも可能なのではないかという気がしてなりません。現状新幹線と北方貨物線が並行する区間は約3km、東淀川駅を通る経路でも2.5kmぐらいは並行させられそうですし、既設(東淀川)駅を活用できて、後述の通りの東淀川駅の廃止反対運動を回避できることと併せれば、現状の経路が特別有利とは言い切れない気がします。
「新幹線の経路と新大阪駅の位置」
水色の線が素直に西へ延ばした線、緑が東淀川を通って西へ延ばした線です。東淀川を通って北方貨物線に沿わせようとすると赤い線辺りになります。
東淀川駅の位置であれば、現在地と違って在来線のプラットフォームを曲線にする必要も無かったでしょう。また、北方貨物線経由の旅客列車(かつてのウエスト関空のような)を直接折り返しさせることも可能だったかもしれません。
新たに新大阪駅を造る代わりに東淀川駅を統合という形で廃止しようとしたところ猛烈な反対に遭って結局残すことになったそうです。反対に遭った段階で、廃止ではなく、まず東淀川を新大阪に改称した上で「移転」という形をとることはできなかったのでしょうか。
阪急が40年以上もの間方針を決めかねて手をつけなかったせいで、新大阪駅には未だに北口が存在しません。また御堂筋線のプラットフォームが3階、コンコースが2階にあって、新幹線が4階に当たるため、在来線のコンコースも3階相当の高さにあり、在来線の利用にかなり不便な構造になっています。新大阪駅の設置の際に東淀川駅側の利便性を確保するために在来線のプラットフォームの北端(京都寄り)に地下通路も造って駅北口としておけば、反対派の理解も得やすかったでしょう。
こんな短い距離で駅を残すことをしなくて済む方法などいくらでも考えられるはずなのに、どうして最悪の方策に逃げてしまったのか、新大阪〜東淀川をちんたら走る各停だけでなく、東淀川の京都寄りにも大阪寄りにもある「開かずの踏切」を見るたびに腹立たしい思いをさせられます。
以下、線路配置には全く関係が無い写真を少し。
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